アル中の父との正月
うちの父は、昔からアルコール中毒です。もう物心ついた時からその状態なので、普通の状態の父がどんなんかはよくわからんのです。誰かに暴力を振るったり、外で誰かに迷惑をかける類ではありません。でも、アルコールを飲むともう反応が無くなります。人間では無くなります。平日は、朝早くから仕事に行きなるべく早く帰ってきます。確か帰宅して数分は普通のおっさんです。そして、飲み始めてベロベロになっていきます。週末は、朝から飲んでいました。
そんな父が、65歳になり退職しました。恐怖の日々がやってきました。これまで、仕事があったからなんとか人間界に繋がっていてくれてたのに、もうアルコールの世界と離れないんだろうなと。
周りにアルコール中毒の人がいない人が、この状況を聞くと、何で家族が止めないのか!?何で病院に連れて行かないのか!?って思うかもしれないけど、もう30年以上前から母が頑張ってきました。しかし、5年前ほどから、もう母も力尽きて離れて暮らしています。アルコールは、周りが止めさせようとすればするほど、量が増えます。家族だけが頑張ろうと思っても、本人が願っていないと、無駄になってしまうのです。
なので、退職した父には、「お疲れ様。これからは、思う存分いつでもお酒が飲めるね。」と言っておきました。
父が病院に自らの意思で行く事も、家族が連れて行って入院させる事もできません。本人の意志を尊重してあげるなら、どちらが良いのかわかりません。
さて、このお正月は、アルコールで顔が浮腫でパンパンな父が、有り難迷惑な顔で出迎えてくれました。もちろん玄関に出迎える訳でも無く、寒く冷えた台所のいつもの椅子に座ったままでした。いつも寒い寒い部屋でお酒を飲むのが好きなのようです。
息子から正月の祝いに、菓子箱を父に渡してもらったのですが、礼も言わずにぐちゃぐちゃに開けて、食べ始めました。酔っ払っている時はいつもそうです。何を食べているのかわかっていません。そして、食べ方は野獣のようです。
眼球は黄色く肝臓はいつも悪いのだろうと思います。顔のむくみは本当に酷い状態です。でも本人は、健康診断で血液検査にひっか買った事がないと言います。
そして、指には真っ黒で焦げた傷跡が…。どうやら、記憶に無いようですが酔っ払ってどこかで火傷をしたそうです。もう痛みはないと言っていますが、そのまま壊死しないか心配なレベルです。
病院へ行こうと言っても拒絶され、さんざんな日々を知っているのでもう私も、兄弟もそんな事は言いません。
ただ、お正月のお祝いに一言を言うだけに顔をみに行きました。あとは、祈るだけです。神様仏様キリスト様あとは…なんだろとにかく色んな神様!!うちの父が幸せになりますように。
この祈りが生きているうちに父に届きますように。
父は、身をもって教えてくれているのだと思います。嫌な仕事はするな。色んな嫌な事に目を背ける為にアルコールを飲んでたら、俺のようになるぞって。
私はアルコール弱いから大丈夫なんだけど。
人生楽しく、幸せに現実を見ながら生きていきたいと思った正月なのでした。
息子が川崎病で入院した時のこと
ヤフーニュースで、川崎病が近年急増という話題が出てたので現在小2の長男の入院記録と現在までを覚えている限り。川崎病で心配しているご家族の方の参考までに。
長男4歳になったばかりの頃、真夏の炎天下の中近所の池でお友達と遊ばせた後、何だか機嫌が悪くなって歩きたくないとわがままを言う。
帰宅すると高熱になってた事がわかる。体調が悪くて機嫌が悪くなってたのねーと気付く。
次の日かかりつけの小児科に行き風邪薬をもらう。
特に無理に薬で解熱させず、水分をとらせて寝かせる。この頃、しょっちゅう風邪をひくと高熱だしてたので気にしなかった。
次の日もお熱下がらず自宅で様子をみる。更に発熱から3日目にまた小児科へ行き、ぐったりした様子も気になるし念のために採血をしておくねと説明をうける。検査結果は翌日にわかると言われる。
次の日にまた受診すると肝臓の値は大丈夫だったんだけど、ちょっと熱も下がらないし、気になる事があるから総合病院に紹介状出すから、このまますぐに行って下さいと説明を受ける。
川崎病疑いの紹介状を持って、総合病院に行く。しかし、発熱と首のリンパ節が腫れているくらいで、目の充血も大して気にならない状態で、いまいち川崎病っぽくない。
小児科主治医より、川崎病について説明を受け、グロブリン療法を始めるとのこと。私としては、発熱とリンパの腫れだけで川崎病と診断されて、無駄に点滴治療されたくないなーって思って、風邪じゃないんですか?と聞く。医師は、早くにその診断をして治療を始めた方が良いとのこと。
そのまま入院し治療をすぐに開始することになる。
入院2日目に目の充血も酷くなり、口唇も赤く腫れてきた。また、お腹にも赤い発疹がでてきたのも入院してからだった記憶がある。
グロブリン療法始めてすぐに解熱し、ようやく楽になった表情になる。
安心していたが、下熱後また一回高熱になってグッタリしていた。その後すぐに解熱した。解熱剤を使ったかは記憶なし。
下熱後、指の皮がめくれてきて、お腹の発疹もはっきりする。
主治医はやはり早めに川崎病と診断して早く治療をすすめれたから、良かったとの話がある。
うちの子は、グロブリン療法ワンクール?でCRP(体内の炎症反応の値)が下がっていたので、退院許可が出て、1週間の入院で大丈夫だった。
しかし、退院後も継続して血をさらさらにするアスピリンを内服継続した。1か月だったかな?2週間かな?
退院後検診にて、心臓エコーの結果特に問題無く、これまでと同じように生活しても大丈夫だとのこと。
退院後一年後くらいに心臓エコーの検査があった記憶あり。
また、小学校上がってから学校での心電図検査の結果を持って再度検査を受けてくるように指示あり。初めて、安静時の心電図と負荷心電図もとる。階段を同じテンポで上がったり下がったりする運動をした後で心電図をとる。けっこう小1では大変な運動だなーと思った。
特に心臓エコーも問題無く中学校へ上がる時まで何も検診ないと。たぶん、中学校に入学した後の検査は今後無くなるの方向になるかな?と説明あり。
思い出せたままに流れを書いてみた。
案外、身近に川崎病になった事がある子を持つ人が多くてびっくりした。そして、その親の多くが、原因が不明という事で、自分の子供への何かが悪かったのじゃないかと自分を責めてた。
私の場合は、暑い中衛生的に良くない池で遊ばせたせいではないかと。川崎病は感染説もらあるようだったので…。
また、他の親も同じように疲れてたのに、連れ回したせいではないか?とか、オムツを変えるタイミングが悪くてバイキンが入ったのか?とか、考えてしまったと言ってた。
親のせいではないようです。原因不明だそうです。
あと気を付けて欲しいのは、退院後にしばらくアスピリンを飲んでいるので本当に血が止まりにくくなってました。それを、他の病院にかかった時に必ず伝えて下さい。
ウチの子、陰茎にばい菌が入ってしまって皮膚科泌尿器にかかったのですが、包茎部の皮を引っ張られた時に…出血が止まらなくなってしまって。大した事はなかったのですが、息子の陰茎が大出血の絵図…皮膚科ぎトラウマになってしまいました。
ヤフーの記事では、10日以上の発熱で心臓の血管に瘤ができやすいという記事でしたね。
うちの子は、本当に早く治療を開始してもらい、すぐに良くなり、今は元気にすごしています。
兄弟がなったら、もう1人もかかる可能性が高くなるという遺伝説もあるので、次男が高熱続いたら心配になるだろうなと思います。
男の子は、小さい時に高熱をよく出すし、始まりは普通の風邪のようですが、少しでも川崎病の疑いがあれば早めにお医者さんにかかってください。
母乳育ちはオッパイフェチ
フェチって、何か最近あんまり使わなくなってきたけど。
次男にオッパイをやりながら、思い出しました。
結婚前にお付き合いしてきた方…そんなに人数いないけど。また、友達の彼氏や旦那さんに聞いてきた結果、かなりの高確率で当たります。
母乳育ちさんは、オッパイが大きいのに憧れます。ミルク育ちさんは、あまりオッパイに固執せず、脚やお尻が好きな人が多いのです。
母乳が溜まっているとオッパイがパンパンに大きくなるから母乳が沢山でるってイメージが小さい頃からついちゃってるんかな。美味しそうってね。
これは、私の統計上かなりの確率で当たるんだよ。
まー、何の役にも立たないネタでしたが、気になる彼が母乳育ちなら美乳になれるように気合いを入れて、そうでなければ脚が綺麗に見える努力をしてみる的な?
いや、お酒の席でのネタ的な?
うちの息子2人…母乳育ちなのでパイパイ星人2人を育てたなーって思いながら今日もパイパイをあげた1日なのでした。
クリスマスプレゼントの部品が足りない
サンタさんからもらったプレゼントを一緒に息子と組み立てていると明らかに部品が足りない。
しかも、最後の最後の部分で今まで作ってたのが意味ないじゃ〜んってな状況になってる。
もうね、かあちゃんはサンタさんのプレゼントのはずなのに、息子の前で必死に電話しちゃいましたよ。
先週そちらで買った者なんですが、レシートは無いんです…。
小2でサンタを信じてる息子は、聞いてないふりして、サンタに文句を言ってた。部品を確認してから送ってこいよーって。
ごめんよ〜。かあちゃん、我慢できなかった。子どものおもちゃを組み立てたり、作ったりするのにイライラしちゃってる親は一定数いると思う。
幸い、新しい商品と交換する事になったんだけど。とほほだわ。
しかし、こういう時は当たりを引いたって思って過ごすのが吉だと旦那…
次は、もっとコツを掴みながら楽しく作れる時間になる…と思う事にした。
【実験】家庭で英語教育始めます
【祝アクセス】他人のプチ不幸は蜜の味
アクセス0でも幸せ〜マイブログを勧める訳〜
ブログ始めたけど、誰にも読まれてない。でも、何だかブログの事を考えてると楽しくって仕方ない。開始1日目にして、幸運を引き寄せるブログって書いた効果なのか!?
これまでもブログを始めるタイミングは沢山あったんだよね。15年くらい前はmixiとかでブログしてる人もいたし、10年前からアメブロで仕事絡みの事を書いて広告っぽくしてる人いて…でも、正直自分はやらないんだろうなって思ってたわ。だって、文章書けないし日記みたいなんを人様に見せるの恥ずかしいし、そもそもそんなん宿題でもないのに作文書いて、お金にもならんのに自分の事書いて〜ってモジモジしてました。
そんな私が、何でブログ書きたいって思ったかというと大きくは2つの理由があるのです。
とにかく何か発信したくなったから。私の場合は、インスタやフェイスブックでキラキラ系の人を見ては…はぁ〜羨ますぃ〜わ〜、はいはいって思って苦手だったんだけどさ。自分が落ち込んだ時に、失敗した人の経験とかを見ては勝手に励まされてたんだよね。根が暗いんやろーね。
私の失敗を人生の良き勉強だったと肯定的に自分がとらえるためにも、ブログに書くことができればなーと。んで、誰かの役にも立っちゃうかも!?って思ってます。
アラフォーともなると、沢山失敗してきましたぜー!!さーて、何の事から書こうか本当迷う。失敗ありすぎてね。
2つ目は、幸運を引き寄せるために、色んな事に挑戦していきたいってこと。ブログ自体も挑戦なんだけど…書く中で、子どもの教育の事や自分の仕事や家族の健康の事を真摯に向き合っていける気がしてならんのです。これからの挑戦の過程を記録していくことで、失敗してもそれが誰かの役に立つかもしれないしね。
てか、この文体自体もなんだかムズムズする。普段は地方に住むコテコテな方言なのに、こんなにかしこまった感じでね。書いてるうちにいつかしっくりくる感じになれば良いなーと。
これを初めて読んでくれる人ってどんな人なんやろーか。それを想像するだけでもワクワクする。読んでくれてありがとう。
そして、はっ何このクソブログ?って思った人…書くのって難しいから、一緒にやってみよーよ。書いてみるとその難しさを感じるよ。
ちなみに、このはてなブログはめちゃくちゃ始めるのが簡単でびっくりしました。パソコン苦手だからスマホで隙間時間に更新してきます。